階層化分析法(AHP: Analytic Hierarchy Process)は、意思決定を行う際に複雑な問題を階層構造に分解し、各要素の重要度や優先度を数値的に評価する手法です。複数の選択肢の中から最適なものを選ぶ場合や、評価基準が複数ある問題において、定量的に意思決定をサポートするツールとして利用されます。
AHPは、米国の数学者トーマス・サーティが1970年代に提唱した手法であり、ビジネスやエンジニアリング、公共政策の分野など幅広い分野で活用されています。
階層化分析法(AHP)の基本概念
AHPでは、複雑な問題を次の3つの階層に分けて考えます。
- 目標(Goal): 意思決定の最終的な目的や達成したい結果。
- 基準(Criteria): 目標を達成するための評価基準や比較項目。
- 選択肢(Alternatives): 評価の対象となる具体的な選択肢。
この階層をもとに、各基準や選択肢の間でペアワイズ比較(対比較)を行い、それぞれの重要度や相対的な優先度を決定します。
AHPの手順
階層分析法のプロセスは、
- 問題を明確にし、目標、基準、選択肢を設定します。
- これを階層的に整理し、意思決定を分かりやすく可視化します。
- 各基準や選択肢をペアで比較し、相対的な重要度を評価します。
- この評価は、1対1で行われ、1から9までのスケールで相対的な重要性を数値化します(1は同等の重要性、9は極めて重要)。
ペアワイズ比較の結果を行列にまとめます。この行列から基準や選択肢の相対的な重要度を計算します。
評価行列を元に、各基準や選択肢の相対的な重み(固有ベクトル)を計算します。これにより、評価基準や選択肢の優先順位が明確になります。
一貫性指数(CI: Consistency Index)を計算し、ペアワイズ比較の結果が矛盾していないかを確認します。CIが低い場合は、一貫した意思決定が行われていると判断されます。
- \(CI\)は次の式で計算されます:
$$CI= \frac{\lambda_{\text{max}} – n}{n – 1}$$
(λmaxは行列の最大固有値、nは基準の数) - \(CI\)が許容範囲外の場合、比較の見直しが必要です。
各基準や選択肢の重み付け結果に基づいて、最適な選択肢を選びます。
からなります。
AHPの具体例
例1:ランチの選定
階層構造の構築
問題の要素を「最終目標(問題、目的)」、「評価基準」、「代替案」の3階層に分けるプロセスです。
評価基準とは、代替案を評価する際の基準です。代替案は、最終目標を達成するために必要な項目のことです。
目的を「最適なランチ選定」とした場合の評価基準と代替案は次のようなアイテムが考えられます。
評価基準: 「価格」、「満腹感」、「味」
代替案:「ファミレス」「コンビニ」「ハンバーガー」
一対比較
どの評価基準をどのくらい重要視しているかを求めます。
評価基準のそれぞれの項目を比較することで、重要性を数値的に決定します。先ほどの例だと、
価格&満腹感、価格&味、満腹感&味
の3通りの比較をおこないます。
評価基準がn個あれば、\(\frac{n \times (n-1)}{2}\) 通りの比較作業が必要です。
ウェイトの計算
一対比較の結果を基にウェイトを算出するプロセスです。ウェイトとは、代替案の持つべき機能の重要度を表すものです。
ウェイトを求めるためには、固有値法や幾何平均法などの算出法があります。
総合評価値の算出
各代替案の最終的な総合評価値を求めて、最も優れた代替案を決めるプロセスです。
例2:新製品開発のプロジェクトにおける評価
目標
新製品を開発する際の最適な製品コンセプトを選択する。
基準
- コスト: 製品の開発や製造にかかるコスト。
- 市場ニーズ: 市場における需要や期待。
- 技術的実現可能性: 技術的に実現可能であるかどうか。
- 収益性: 製品がどれだけの利益をもたらすか。
選択肢
A: 製品A
B: 製品B
C: 製品C
手順:
- まず、コスト、市場ニーズ、技術的実現可能性、収益性といった基準で、新製品の選択肢(A、B、C)を評価します。
- 次に、それぞれの基準に対して、ペアワイズ比較を行い、相対的な重要性を評価します。例えば、「コストと市場ニーズを比較したとき、市場ニーズの方が2倍重要」といった具合に比較します。
- ペアワイズ比較の結果を行列にまとめ、それを元に各基準の重みを計算します。
- 最後に、各基準に対して選択肢(A、B、C)を評価し、最終的にどの製品が最適かを決定します。
AHPの利点と留意点
利点:
- 複雑な問題を整理: AHPを使うことで、複雑な問題を段階的に整理し、視覚的かつ構造的に理解できる。
- 意思決定における透明性: 各基準や選択肢の相対的な重要度が明確に示され、意思決定の根拠がはっきりします。
- 一貫性の確認: ペアワイズ比較の一貫性を確認することで、主観的な判断が過度に影響しないようにできる。
留意点:
- 主観的な評価の影響: ペアワイズ比較は主観的な評価に依存するため、意思決定者の判断が結果に大きく影響する可能性があります。
- スケーリングの難しさ: ペアワイズ比較における1から9のスケールが抽象的であり、特に複数人で評価する際に評価がブレることがあります。
- 大規模問題への適用困難: 選択肢や基準が多すぎると、比較が複雑化し、計算が煩雑になるため、適切な範囲で使用することが推奨されます。
まとめ
階層化分析法(AHP)は、複数の評価基準がある意思決定に対して、定量的に評価を行い、最適な選択肢を選ぶための有効なツールです。ビジネスやエンジニアリングの分野だけでなく、政策決定や戦略策定など、幅広い分野で活用されています。
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